主の御名があがめられますように。アーメン。

主の愛をひしひしと感じる。主は、これからの生きる道を示してくださっている。キリスト教の精神を一言でいうと、「汝の敵を愛せよ」ということにある。
この精神が、極度にヘレニズム化(自由主義・個人主義化)する今の時代において、本当に大事な心の薬になる。キリスト教が生まれた時代も、まさにこうしたヘレニズム化がピークに達する時期だった。
長い歴史の中で培われてきた日本的な常識やしがらみからの解放もプロセスの一環の中で大事ではあるが、それだけが目的となってしまっては、ただの分断を生むだけ。
大事なのはその次のレイヤーにあるところの「新しい共同体」とはなにか?ということ。それは霊的な共同体であり、イエスキリストを救い主として受け入れた人々が集い、普遍的な教会(プロテスタントやカソリック、聖公会などのそれぞれの教派(地域教会)に関わらない世界に一つだけの不可視の教会/普遍的教会は、キリスト教神学における地域教会の対義語)として、キリストの身体を成す本当の意味での教会を形成していくこと。兄弟姉妹とともに、主の栄光を称えていくことが、これからの時代とても大切な要素になる。
その意味での正しいキリスト教神学や信仰の形を伝えていくことに、これからの人生を惜しみなくディボーション(献身)していきたいと思う。
主の御名があがめられますように。イエスキリストの御名においてお祈りいたします。アーメン。

 

「「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。 悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。 あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。 求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。 自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。 また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。 返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。 しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」」
ルカによる福音書 6:27-36 新共同訳

 

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