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嗚呼、主よ、あなたを賛美します!

パウロは燃え上がるセールスマンなんだと思う。
そもそもセールスマンが好きな人なんかいないように、宗教の伝道者(伝道マン)が好きな人なんていない。商品がいくら良くたって(効用=信じるだけでもう死ななくなるというものであってすら)、結局のところ、それを聞く相手にとっては人と人とのコミュニケーションなのだから、コミュ力って大事なんだなと思う。
いくらセールスマンの手元にいい商品があったとしても、その商品の説明書をくどくどと説明されたり、相手を人として尊重しないような礼に書いた接し方をしていると、どれだけ商品が良くても、「どんだけいい商品かしらんが、すくなくともあんたからは買わんわ」となる。伝道マンにとって、ラポールの形成は非常に大事。それを、イエス様は、僕(しもべ)になりなさいといったわけだ。広がらないのは福音の責任ではなく、完全に人の問題。
特にキリスト教で救われた人って、そもそも僕を含め、社会経験で挫折した時などに主に救われているわけで、ベースとして人との関係形成能力が低く、コミュ力が低い場合が多い。そもそも神様は、罪人を愛されていて、完璧な人間よりも、でこぼこの個性的な人間を選ばれる傾向がある。パウロも実際に手紙では雄弁だったけど、実際に会うと決してコミュ力が高かったわけではない。
しかし、同時に、彼は常に彼は聖霊の炎で燃え上がっていた。それは、結局のところ、自分が救われたように、人に救われてほしいという、捨て身の投げうってキリストに従う覚悟と、自分を迫害する相手すらも無条件で愛する無償の愛と、志をともにする熱い仲間たちがいたからなんだと思う。
僕は決して社会的なコミュ力が高いわけではないし、そもそもキリスト教世界からすると禁忌とされるような占い師やニューエイジをずっとやってきた、クズみたいな人間なわけだけれど、そんな僕でも主は赦して、愛してくださった。そして、細かい部分では信条は違えど、素晴らしい仲間に恵まれつつある。

嗚呼、主よ、あなたを賛美します!あなたに全てを捧げたいと願います!主イエスよ!

この愛を、精一杯伝えていきたいと思う。主の御名においてお祈りいたします。アーメン。