家族のように付き合える兄弟姉妹の存在

福音宣教は、なによりも社会の十字架を背負って人のために無償の愛で生きることが第一義で、次いで思惟への奉仕。そして証という3つの要素が大切だなと思う。ようはクリスチャンとして肩の力を抜いて、自然体で生きることだな。
肩の力が抜けたのは信仰を共にする兄弟姉妹のおかげだな。今の時代まるで家族のように付き合える兄弟姉妹の存在は非常にありがたい。主の恵みだなと感じる。
知を共有するのには限界があるけれど、信を共有するということは、家族以上に家族になれるということなんだなとしみじみ感じる。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク