プレモダン的信仰形態からの脱却

日本人は宗教と聞くとすぐにアレルギー的反応を示す人が多いが、そもそもこういう西洋世界における信仰と知性という共立を知る機会がなく、なおかつ檀家制度によって実質的に神学的な構造を持たないアニミズム的信仰、もしくは多くの場合それすらもない無宗教になっていったわけで、単なる宗教に対する無知でしかないなと深く実感する。そのわりにニューエイジ的なもの、いわゆるスピリチャル、自己啓発に対しては抵抗感なく入っていく。無論、それが現代的な宗教だということに気づいていない。自分が宗教のど真ん中にいるにもかかわらず(そしてそれがわりとプレモダンな枠組みの信仰形態をとっているにも関わらず)、宗教を否定するという謎の構造になっている。洗練された神学的思考を持たない人の人生は、一向に洗練されることは無いし、無知蒙昧の迷いの中に生き続けることになる。その意味でも宗教的な世界をしっかりと学ぶことは、人生の基礎になるとても重要な土壌になるのではないだろうか。そして、イエスキリストは、すべての人に、信仰のみによって救ってくださる福音を伝えてくださった。自分の功(いさお)に頼らず、信仰のみによって、優れた神学的構造を自分の人生の中に取り入れられる。これほどの恵みはないと、いろいろな宗教を研究してきたからこそ深く実感する。福音はすべての人のためのものなのだ。

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