ニューエイジ的信仰によって伝統宗教がパーソナルな宗教に変わったことで

ある意味、日本人の信仰形態の一つとして、仏教や神道といった伝統的宗教から離れ、個人的な信仰をベースとしたスピリチュアリズムや、ニューエイジ 的信仰という収斂に至ったことで、ようやく正当にその信仰が外部から批判されうるポジションになったのだと思う。
そういった自分自身の信仰形態をメタ認知する文脈が存在しなかったからこそ、オウム事件のような問題が起こっていったのだと思う。宗教的信仰をすべからくカルトと考える日本独特の風潮は、逆に自らの信仰形態を批判的に認識できないという意味で、とても危険なことだなと感じる。信仰を持っていない人は、常にその時代の空気に振り回されることになる。

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