里山自然崇拝と聖書のエデン論

つまり日本的信仰と聖書的信仰の最大の接点は、エデン論になるんだな。ようやく繋がった。

里山自然崇拝と、聖書的信仰は、一向に矛盾しないので、結局両立できるね。しかもこれは確かに里山自然崇拝を持つ日本人にしかできないし、わりとキリスト教世界に与えるインパクトも大きい。そもそもキリスト教自体が砂漠の宗教だからね。
ようは人間は主イエスキリストによって救われることで、エデンの園における罪なき時代のように自然と一体化し、エコロジーに目覚めていくということ。むしろ里山自然崇拝と聖書的信仰はエデン論や千年王国論において互いに補完し合う関係にあるね。

パウロ風に信仰告白をすれば、「わたしは里山自然崇拝を恥としない。なぜなら、創造主が造りたもうた被造物世界に、御心にかなう大調和をもたらすからです」という風になるんだろうね。

「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」
‭‭ローマの信徒への手紙‬ ‭1:16‬ ‭新共同訳‬‬

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