SNSが持つアフォーダンス―信仰告白

ある種、SNSってそもそもヘレニズム的な自己表現の文化(人間性回復運動/ルネッサンスの文脈)なので、結果的に信仰告白の場となるアフォーダンスがあるんだよね。書けば書くほど、ログがたまるほどに知らず知らずのうちに、自分の信念や信仰が、他者から見ても明らかになっていく構造。
それゆえ、結果的に、何故自分がそれを信じるのか/あるいはなぜそれではないものを信じないのかという弁証学が発達していくことになる。
SNSは、信仰告白や弁証学的な思弁に慣れていかないと、実は結構心理的な負担が大きくなるツールだとも言える。結局当たり障りのない無難なことしか書けなくなるし、最終的に読む専門でいいかということになる。もしくは自分と違う信仰や信念を持つ人をブロック/スルーして、エコーチェンバー化(カルト化)していく。
逆に信仰告白や弁証学という認知フレームがあると、自分と違う信仰や信条を持つ人に対して寛容さを持つことが可能になるし、初めてそこで「汝の敵を愛せよ」という思想に基づいた、思惟への奉仕、証、無償の愛が生まれてくることになる。

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