クリスチャンとしてのホームベースが整う

土曜日の午前と、日曜日の午前は、これから毎週教会になった。土曜日はグランドハイアットでの超教派的なエクレシア。日曜日は大泉学園でのジョセフケンさんの恵み教会。着々と生活のベースが、新しいものに変わっていっている。

参加したい人は気軽に声をかけてください。イエス様が好きだけど、所属教会がないということで、困っている人って多いし、一言でいうと…めちゃくちゃ熱いです。
エクレシアの集いは、聖霊の注ぎがあるので、人生が大きく作り替えられて、本当に日々が楽しく、熱いものへと生まれ変わること請け合いです。
聖書を学びたいという人も、僕がマンツーマンで基礎から分かりやすく教えます。聖書を一人で学ぶのは至難の業だし、ガイダンスはあったほうがいいでしょう。

僕の場合は、心理学やコーチングをベースにした教え方であり、なおかつキリスト教神学の中でも、聖霊の働きを重視し、聖書的なスピリチャリティとは何か?という基礎をしっかりと押さえつつ学べます。マンツーマンで自分のペースで学べ、主への信仰がゆるぎないものになっていきますから、結果的に人生の中での自信と安心が人生にしっかりと備わっていきます。
そして何より、中小企業向けの経営コンサルタントとしての長年の経験や、長い人ではもうかれこれ6-7年にわたって継続的に受けられてきたライフコーチとして教えてきた経験があるので、どのように人生の中で聖書を活かし、物心両面で、豊かな生活を送ることができるかということについて、地に足をつけたレクチャーとなります。
たぶん組織に属さず、プロフェッショナルな心理学的な知識や、地に足の着いた経営的な知識をベースにして、マンツーマンで聖書が学べる場所は他にはないのではないかなと思います。

あとは、普通にクリスチャン向けのビジネス支援や、マネーリテラシーの普及などもしていきたい。クリスチャンの間でわりとよく話題にのぼることが、クリスチャンってとにかくお金に疎い人が多いということ。
でもこれってわりとあまり根拠のない話であって、単純にビジネスを学ぶ機会が少ない、もしくは最初からお金への苦手意識から、学ぶことを放棄しているからだけなんじゃないかろうかと思う。
むしろ、本来、資本主義って、社会学者のマックスウェーバーがいうように、クリスチャニティ(プロテスタントのカルヴィニズム)から生まれたもの。
本来、明治時代のクリスチャンは、華族や士族をはじめとした上流階級に所属していることが多かったし、決してクリスチャン=お金のリテラシーがないというのは、現代的な先入観にしかすぎないと思う。明治維新の志士たちにも、クリスチャンは多かった。
ようは現代においても、単純にお金の勉強をすればいいだけのことだし、クリスチャニティと資本主義の関係性を社会学的にもしっかりと理解しながら、聖書的な価値観にのっとった現代的な投資の概念(主に現代は知的財産に財が集中する時代)をしっかりと学ぶことが大事なんではないだろうかと思う。
聖書的な価値観と、経済的な繁栄とは、決して矛盾する価値観ではない。むしろ聖書的な知識こそ、現代においても大きく経済的にも栄えるための基本的な教養ではないかと、長年の経営コンサルタントとしての経験から感じる。聖書の教えだけで栄えるわけではない(現代的なマネーリテラシーは絶対に必要だし、幅広い知識や経験が必要なことはいうまでもない)が、逆にいえば、聖書教え抜きに恒常的に栄えることは絶対にありえない(イエス様の十字架の贖いを知らないで、なぜ社会に大きな価値を生み出すサービスを設計することができるのだろうか?)。そもそも商売が上手なユダヤ人だって、旧約聖書を読んで、ビジネスのセンスを磨いているわけだしね。聖書なしに、契約概念は生まれなかったし、契約概念に基づいた今の経済システムは絶対に生まれなかったわけで。特に金本位制の崩壊以降、情報の非対称性こそ、経済的な価値のベースとなった時代となっている今、聖書的な知識抜きに、経済的な豊かさを手に入れていこうとすること自体、ナンセンスなんじゃないだろうかと思う。

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