自分を霊的に赦せるのはイエス様の十字架において他にない

人を赦すこともそうなのだが、むしろ心理学的に言うと、自分の中の道徳的な罪悪感のほうが人間に大きな影響を与えている。人に対する赦せない気持ちは、その人が目の前からいなくなれば、心の中から消えるものだが、自分に対して向けられた道徳的な赦せない気持ちは、精神をむしばんでいく。そして、大概の場合、自分に対して道徳的に赦せない気持ちほど、相手に投影されて、自分の道徳観念を刺激するようなアクターが目の前に現れてくるものなのだ。
それゆえに、自分を道徳的に赦すということはとても大事なことだし、それには福音の三要素を信じ、主イエスキリストを自分の救い主として受け入るしか方法はない。自分を道徳的に赦すためには、自分がイエス様の十字架によって、「霊的に赦されている」という真実を体感する必要がある。それが聖霊の注ぎであり、イエス様の十字架によって成就した、創造主の一方的な恵みによる「霊的な赦し」なのだ。
父と子と聖霊の御名においてお祈りいたします。アーメン。

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