時間もまた神の被造物である

聖書的には時間も神の被造物である以上、時間を管理するということは非常深いものがある。

特にマンデラエフェクトの登場以降(汎神論的な世界観ではパラレルワールドと呼ばれているが、実際は三次元に広がる時間という「被造物」が見えるようになっただけ)時間は明確に被造物であることがわかってきたので、この被造物世界をどのように管理するか=時間をどのように管理するかは、今後のとても大事なテーマとなってくる。

時間と呼ばれる神の被造物世界をも旅ができるようになってきた。主への祈りを深めていけば、ますますこの無数の時間を含めた被造物世界をより豊かなものにしていくことができるし、それが主によって委ねられた新しい人類のための役割になると言える。

一昨年からメッセージがあった通り、2019年前半に死者が蘇る地球になるという言葉通り、今年の6月からマンデラエフェクトに気付き始める人がtwitter上などでも増えてきた。ますます時間が主の被造物であるということが大いに知られていくことになると思う。

汎神論や理神論的な世界では、パラレルワールドは自分の意識で創り出していると考えるが、これは自分を創造主と捉える究極にエゴイスティックな考え方になるわけで、実際のところは無数のタイムラインを主が被造物として創造しており、そこを地図の上を動くように移動しているに過ぎない。もし被造物の自分が、自分の意思で、世界を創造できるならば、なぜいままでそのような形でこれまでの長い歴史上でマンデラエフェクトのような記録が残っていないのかということになるし、明らかに自分ではない外部の意思が働いているということを見逃してはいけない。これは聖書的な視点をしっかりと学ばないと、あっという間に世界は自分が創造しているというエゴイスティックな観点に陥ってしまう非常に危険な考え方になる。

アウグスティヌス の告白も、明らかにこの創造主が被造物としての時間を啓示したことから書かれたものだと思われる。そうでなければなぜ告白の中で、時間論に重きを置いているのかを説明することができない。アウグスティヌス は、創造主が造った被造物としての時間を見たからこそ、汎神論的な世界から、一神教の世界へと意識をパラダイムシフトできたのだと思う。

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