捧げること

捧げるってやはり非常に大事だなと思う。100パーセント主に捧げた時に、人は無欲に、なおかつ自分の限界を超えて、自分の器を大きくしていただける。神様に用いられるということは、なるべく神様に用いられやすいような器であろうとするということだが、しかしどうやったって、主の目から見て、自分の功(いさお)にたよって義であれる人なんていない。だからこそ、矛盾するようだが、捧げることが大事なんだと思う。それはイエスキリストが私たちの罪のために死んでくださった故のことであって、決して自らを誇るためのものではない。
自分の力で自分を造り変えるのではなく、主が自分を造り変えてくださるということ。そこには十字架が常にある。
信仰の喜びはここにあると思う。決して信仰はどこまで捧げ切っても、義務でもなく、苦痛でもない。それはイエス様が十字架で霊的に成し遂げてくださったからこそ、イエス様の功(いさお)に頼ってこそできることなのだ。

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