主イエスキリストの御名において

そもそも日本人の中で、明治維新以降入ってきた思想を象徴する人物として、プラトンやアリストテレス(ギリシャ主義)が常に優位であり、イエスキリスト(ヘブル主義)はほぼほぼ意図的に無視されてきていること自体が、文化的受容として非常にいびつな構造になっている。分断が進む時代は、イエスキリストという人物像抜きに、統合はされていかない。こういう日本独特の文化的受容のひずみが今後、イエスキリストの御名において解消されていく時代になっていくだろう。アーメン。

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